【紀元節】 建国記念日に考える自らの座標
みなさん、ごきげんよう。
本日は建国記念日。
紀元前660年2月11日、
初代天皇・神武天皇が即位された日とされています。
日本書紀では旧暦の紀元前660年1月1日。
それをグレゴリオ暦に換算したのが2月11日です。
さて、紀元節にちなんで、今日は歴史の話です。
歴史は好き嫌いが分かれます。
受験のために年号や人名を暗記させられる。
そこに意義を感じない。
よく分かります。
私もそこに大きな価値を感じているわけではありません。
さらに言えば、
HISTORYは“his story”。
時代の勝者の物語ではないか、と感じる人もいるでしょう。
それも分かります。
教科書の記述をそのまま鵜呑みにするつもりもありません。
ですが、それでもなお、
歴史や土地に残る伝承を
完全に無視することはできないと私は思っています。
なぜなら、
その土地に残る風習や神社、祭り、
身体性を伴う習わしの中には、
先人たちの叡智が今も生きた形で保存されているからです。
とりわけ、
「身体を通して伝わってきたもの」は嘘をつきません。
私自身、子どもたちには
建国記念日が近づくと
自分たちの産土神や氏神の話をします。
そして神武東征の話と絡めながら、
私たちの住む土地の話をします。
神武東征は宮崎の日向から始まり、
瀬戸内を経て大和へ向かったとされます。
途中、三本足の八咫烏に導かれ、
熊野を経て奈良へ入ったという神話があります。
その分岐のあたりが、
今私たちが暮らしている和歌山市です。
近くには八咫烏を祀る神社もあります。
さらに辿ると、
私が初めて自分のお金で参拝したのは
神武天皇の父を祀る宮崎の鵜戸神宮。
祖母の実家は神社の家系。
両親はそれぞれ神戸出身。
不思議なほど神武東征ゆかりのルートと重なっていて、
面白いね、という四方山話ではありますが、
子どもたちにとっては、
自分がこの地に生まれ、
この土地の時間の延長線上に立っているという事実を知ることで、
自分という人間を知るための
ひとつの手がかりになるのではないかと思い、
半ば口伝のように話しています(笑)。
歴史を知ることは、
自分の時間軸と空間軸の「座標」を知ること。
先祖の系譜や土地の物語と重ねることで、
自分という存在の解像度が上がっていきます。
自分探しをしなくても、
ある程度の方向性は
すでにDNAや環境に刻まれていることに気づきます。
そして、
この日本という国に生まれたことへの
愛着や誇りも自然と湧いてきます。
今、世界で活躍している人物や企業を見ていると、
共通するものがあります。
歴史の系譜を踏まえていること。
先人の叡智を身体知として落とし込んでいること。
たとえば、
WBCで活躍が期待される侍JAPANの選手たち。
かつてのイチロー選手、そして山本由伸選手。
彼らの身体運用には、
どこか昔の武人のような要素が垣間見えます。
また、世界でも高く評価される日本のエンターテインメント。
任天堂の
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』。
その奥深いレイヤーには、
日本的な自然観や古層の思想が静かに息づいています。
この手の話に強く反応される経営者の方々は、
企業の永続を支えるのは
経済資本や社会資本だけではなく、
文化資本であることを理解している方です。
短期的な業績だけでなく、
時間を超えて残る文脈や身体性をどう組織に宿すか。
そこに目が向いているかどうかは、
これからの経営において
確実に差となって現れてくるでしょう。
こうした深い層――
情緒や身体性、暗黙知の領域は、
単なる情報処理では再現しにくいものです。
AIが得意なのは、
既存の正解を高速で導くこと。
受験的な競争や知識量の勝負は、
今後ますます機械が担っていくでしょう。
ですが、
土地と時間の積み重ねを
身体で引き受け、統合する力は、
簡単には代替されません。
暗黙知。
身体知。
それは、自分のルーツを見つめ直すことから
磨かれていくのではないでしょうか。
建国記念日という節目に、自分の座標を確認する。
自分のルーツはどこから来て、
自分は今、どこに立っているのか。
それを静かに見つめ直す時間を持つのも、
悪くないのではないでしょうか。







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