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【VLOG/奥の細道】山寺・立石寺、松島をたずねて松尾芭蕉の仕事の功績を再考する。

大暑、土用も過ぎ、日の出ごろの風はかすかに秋を感じさせることもありますが、日中の日差しの強さと暑さはいよいよピークを感じさせられますがいかがお過ごしでしょうか?

さて、先々週、宮城県、山形県に観光旅行に行って参りました。

私どもの旅行の翌週には山形、秋田が記録的な豪雨に見舞われ、現在も予断を許さない状況だと聞いております。被害に遭われた方にはお見舞い申し上げますと同時に、皆様の無事、そして一日も早い生活の復旧を心より祈念申し上げます。

東北地方への旅、松尾芭蕉の奥の細道に描かれている山寺は立石寺、それから日本三景・松島はかねがね行ってみたいと思っていましたので念願叶ったりです。その際の映像をyoutubeにアップいたしました。

閑さや岩にしみ入る蝉の声
/芭蕉
 の名句で知られる山寺。
岩にしみ入ったかどうかは分かりませんが、1015段と言われる階段をカメラ片手に上ると息も上がり、雑念の入る余地がありませんでした。撮影のため階段途中で立ち止まると、どこからともなく蝉の声が聞こえてきましたが、名句どおり心が鎮まっていくような気がしました。
また、松島は電車の運休などでスケジュールがタイトになってしまったので遊覧船に乗って瑞巌寺他はどこも観れずに帰ってきましたが、島々に国生みの神代を思い浮かべたのでしょうか、松尾芭蕉が訪れた際に言葉を失ったというほどの絶景というのも少しは追体験できたかもしれません。
日本三景と銘打たれる松島ですから(図らずとも訪れた日が7/21で日本三景の日でもありました)、今は大勢の観光客で賑わっていますし、今の時代のような猛暑ではなかったはずですから芭蕉が句を詠んだころの情景とはほど遠いとは思いますが、当時に想いを馳せながら船に揺られながらのひとときを過ごすことができました。
さて、松尾芭蕉といえば、世界で知名度のある日本人として確かに筆頭に上がってくる人物ではありますが、日本人にとってみれば古池の句や上記の山寺の句などは教科書で習ったような気もするし、まあ誰でもその名は知っている人かもしれません。しかし、一体何がスゴいのか?という、いわゆる文化的功績はというと案外?になってしまうということは有りませんでしょうか?
日本の詩歌の歴史は彼を機に一新紀元されており、その創造的なアプローチはというと、私たち現代人にとってもブランディングやマーケティングにおける新しい切り口を考える上での多くのヒントが隠されており、学びが多いのではないかと思います。
松尾芭蕉は、ひとつに、和歌をベースに江戸時代に流行した機知的滑稽をねらったものであったそれまでの俳諧に新風を吹かせ、古池の句や山寺の句が分かりやすいかも知れませんが、それまでエンタメ的であった俳諧がアートの次元にまで昇華した新しい世界観(蕉風)というを確立しました。

 

現代において海外から評価が高いのは、鈴木大拙氏の代表的著作”禅と日本文化” の影響、あるいはジョン・レノンをして
『今までに読んだ詩の形態の中で俳句は一番美しいものだ。だから、これから書く作品は、より短く、より簡潔に、俳句的になっていくだろう』
/ジョン・レノン
と言わしめたのも影響は多分にあるかもしれません。
五・七・五という短い字(音)の中にその心的風景、情景を凝縮できる日本語の統合智の最高到達点ともいえるその表現力に驚いたのかもしれません。(英字ではできませんので)
さらに、芭蕉が晩年にたどり着いた軽みの境地は日常的な題材を飾り気なく詠んだものであり、今でいうと拡散性の高いローアート(大衆芸術)と凝縮性の高いハイアート(高級芸術)の中間点の絶妙な立ち位置での表現だといえるかもしれませんね。
ローアート、ハイアートはどちらもそれぞれ長所と欠点があり、ローアートの場合は大衆ウケを狙いすぎて卑近で分かりやすい反面媚びすぎて低俗なものに、あるいはハイアートの場合は表現の技巧に懲りすぎて小難しくなりすぎたり、高尚さがかえって嫌味になったりする可能性も孕んでいます。
この両者のマトリクスの中でバランスのいいところを見つけ出す感覚は私たちが何かクリエイティブなことを考える上でも最も大切なことではありますが、口で言うのは易く行いは難しいものなのですよね。
だからこそ、それを成し遂げたときの功績も大きいわけです。
俳句は視覚芸術ではありませんが、まるで短編映画のように五・七・五の短い言葉によって端的に心的世界を表現できるという特長から現代アートの世界においても異彩を放つものでしょう。
私なりに彼の功績において学ぶべき点をまとめますと、
  • 五・七・五・七・七など短い文章の中で単に風景描写だけではなく心的描写ができるのは英語などの文化圏とは大きな違い
  • さらに俳諧は削ぎ落とし五・七・五でシンプルに表現できる

という従来の和歌や俳諧の流れに、

  • 古池の句のようにそれまでエンタメ的な傾向の強かった俳諧をアートとしてのジャンルで確立した”革新性”
  • ローアートとハイアートの中間点ともいえる”軽み”というポジションの発見

という芭蕉ならではのセンスが注入されて、それまで蕉風という新しい詩歌のジャンルが確立された。

と新しい切り口に飢えた作家から事業家に至るまで、垂涎の的のエキス満載といったところでしょう。
歴史が証明している俳句の魅力の普遍性からも、私たちも何かブランディングやコンセプトを考えるなどクリエイティブな仕事をする際、芭蕉のその新しいアプローチは、巷に量産されては忘れられてしまう消費型の理論をジプシーするよりも先んじるべきところがあると感じさせられますね。
まさに芭蕉の言葉をして”不易流行”、学ぶべきことがまだまだありそうですね。
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村上 寛和

株式会社WithUp代表取締役/思想編集家・映像作家

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