終戦80年の節目・2025年8月に伊弉諾神宮を参って
前回のブログで触れましたが、
今年2025年は、戦後80年。
偶然にも旅程は、原爆記念日の8月6日と、翌日の立秋という二つの節目に重なりました。
その日、私は家族と淡路島の伊弉諾神宮を訪れました。
大らかな空気
初めて足を踏み入れた伊弉諾神宮は、
吉野・熊野・高野といった厳粛な修行場のような空気を放つ聖地とはまるで違い、
厳粛さよりもどこか人間味というか大らかな空気に包まれていた印象で
最初は少し拍子抜けしました。
しかし、境内を歩き、木々を揺らす風や参拝客の穏やかな表情に触れるうち、
そこに“現実と寄り添う神域”という不思議な調和を感じるようになりました。
御陵の上に立つ社
調べると、本殿は伊邪那岐命の御陵、つまりお墓の上に建っています。
明治時代に再建された際、御陵を丸ごと覆う形で本殿を移したといいます。
ここは、“祖先を弔う墳墓”を基盤に、
“神の御霊を祀る”場でもあるのです。
日本人の祈りの本質
この事実は、日本人の祈りの本質を映し出しているように思えます。
すなわち、神仏への崇敬の根には、祖霊への祈りがあるのではないか──。
神道には「祀られる神」と「物語には登場するが祀られない神」があります。
たとえば『古事記』の冒頭に現れる天之御中主神は極めて抽象的で、
江戸時代の国学の興隆までは奉斎の対象ではありませんでした。
それに対し、伊弉諾尊・伊弉冉尊は国生みを行い、
伊弉諾尊は淡路島で余生を過ごし、終焉を迎え、その墓が今も残ります。
古代の日本人にとって、神とは異次元の存在ではなく、
同じ命を生き、亡くなった祖先だったのでしょう。
「神話」という言葉すら明治まで存在せず、
それは「神代から今に連なる話」として受け継がれていたといいます。
しかし近代化の中で、西洋の“God”に翻訳され、
日本人にとって身近な存在であった神々はどこか遠く高い存在へと神格化されていったのかもしれない。
その過程で、私たちは“祖霊とともにある感覚”を
少しずつ失ったのかもしれません。
この感覚の違いを知っておくことはとても重要だなと思いました。
伯父の記憶
お盆も近い今年、私は伯父の戦時中の記憶を聞きました。
伯父は幼少期を上海で過ごし、終戦後に故郷の岩国へ戻りました。
「広島の隣だけど、原爆の話は聞いた?」と尋ねると、
「いや、みんなその話には触れなかったなあ。答えたくなかったんやろうな」と。
その言葉に、被爆者や戦争体験者の心情を思い、
軽々しく語れるものではないと改めて感じました。
命の礎を忘れない
私たちが享受できている平和は、数え切れない命の犠牲の上にあります。
80年守られきた平和について、
ご先祖様たちがどのような思いであったかに想いを馳せること、
その上で命をつないできた先人たちへの感謝を忘れず、
私たちもまた次の世代の子や孫にも受け渡していく責任。
伊弉諾神宮の大らかな空気の中で、その大切さに改めて気づかされた気がします。
VLOG・伊弉諾神宮〜沼島
その旅の様子を、
淡路島の伊弉諾神宮から沼島の自凝神社、上立神岩まで、
短い映像にしていますのでお気軽にご覧いただけましたらと思います。
この地に宿る光と先人達によって受け継がれてきた祈りが、
少しでもあなたの心に届けば嬉しいです。
▼動画はこちら
【4K/VLOG】淡路島・沼島 伊弉諾神宮ー自凝神社ー上立神岩
2025 marks 80 years since the end of World War II. Coincidentally, my visit to Izanagi Shrine on Awaji Island fell on August 6, Hiroshima Peace Memorial Day, and August 7, the start of autumn.
Unlike the austere sacred sites of Yoshino or Kōya, Izanagi Shrine felt open, warm, and deeply human. Walking the grounds, I sensed a unique harmony—a sacred space closely attuned to daily life.
The main hall stands above the mausoleum of Izanagi no Mikoto, reflecting how Japanese reverence for gods is intertwined with respect for ancestral spirits. For ancient Japanese, gods were ancestors, not distant beings.
Speaking with my uncle about wartime memories reminded me that the peace we enjoy rests on countless sacrifices. Visiting the shrine reinforced the importance of honoring those who came before and passing that awareness to future generations.
I captured this journey in a short video, from Izanagi Shrine to Onogoro Shrine on Numajima and Kamidate Kami-iwa Rock, hoping the light and prayers of this land reach your heart.







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