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【季節だより】春分〜ちょうどいい距離を〜

みなさん、ごきげんよう。

暦の上では、春分を迎えました。

 

昼と夜の長さが等しくなり、ここから本格的に季節が切り替わっていく節目です。

とはいえ、体感としてはまだ寒さも残り、春というには少し早い気もします。

けれど、こういう“まだ来ていないもの”に、そっと意識を向けてみること。

それ自体に意味があるのだと思います。

 

私は毎年この時季になると、もうすぐ咲き始める桜はもとより

ある光景を楽しみにしています。

 

渡り鳥であるツバメが、ほぼ同じ頃合いにやってくることです。

 

誰に教わるでもなく、カレンダーを見るわけでもないのに、まるで暦を知っているかのように現れる。

その正確さには、毎年のことながら感心させられます。

 

そして、営巣の様子を見ていると、

日の出とともに目を覚まし、規律正しく餌を探しに出かけ、また戻ってくる。

その一連の営みには、無理も無駄もなく、ただ自然の流れの中で当たり前のことが行われています。

 

それに比べて人間はどうか。

アラームで無理やり目を覚まし、時間に追われるように動き出す。

そういう日常が当たり前になっています。

 

万物の霊長、などというのは大上段に構えた言い方で、

実際のところは何かに追われ続けている哀れな存在であることを慰める表現なのかもしれません。

 

ミヒャエルエンデの名作モモに登場する「灰色の男たち」に象徴されますが、

人の時間を奪い、気づかぬうちに大切な何かを削っていくものに飲み込まれすぎないために、

一度立ち止まり、追手から距離を取り、

自分の立ち位置を見直す節目が必要なのだと思います。

 

別れと出会いのあるこの時季は、

「初期設定=距離を見直し定めるトキ」

とも言えるのかもしれません。

 

目に見える変化は小さくても、季節は確実に次へ進んでいる。

空気や光、風の気配。

 

ほんの少し意識を向けるだけで、同じ一日でも流れ方は変わります。

 

何をするかではなく、どんな状態で過ごしているか。

春分に意識したいことは、ツバメが身体で季節を感じ取るのと同じく、

そうした感性を取り戻すことなのかもしれません。

昼と夜の長さが等しくなる、といわれる春分。

私たちもまた、内と外のあいだに、ほどよい距離感を保ちながら在りたいものです。

無理に整えようとせず、

この時季の日差しのように、あたたかく、緩やかにでいいじゃありませんか。

 

これから訪れる春を、静かに迎える準備をしていきましょう。

 

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村上 寛和

株式会社WithUp代表取締役/思想編集家・映像作家

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